なにしろ、私か2週間も日本を離れることになるので、そのあいだに何か起きたら、笑い話では済まないからである。
それでも万一の場合に備えて、妻に、材料の置いてある場所などを詳しく書いたメモを預けて出発したものだった。
そのおかげで、旅行から帰ったあとでも、大きなトラブルがあったという話は聞かなかったし、留守のあいだに、ほかの同業者から顧客を「取られる」ということもなかった。
そのつながりだろうか、50代半ばの銀婚式を迎える頃から、私に、船を利用して旅行するという新しい趣味ができたのだった。
船というのは、もちろん客船のことで、商船M井客船の「にっぽん丸」とか日本郵船の「A鳥」をはじめとしたさまざまな船に乗って、国内はもとより、世界のあらゆるところに旅するのである。
最初に船に乗ったのは、平成2年の末、晴海ふ頭からの一晩かぎりのクルーズだったのだが、この一川で、私も妻のI江もすっかり船の旅行に魅せられてしまったその理由で衣現するのは難しいが、あえて。
ごえば、‐常を離れて海の卜で過ごす開放感はもとより、ご一緒している方の人問的な素晴らしさや、スタッフのみなさんの心のこもったサービスに接することは、それこそ何ものにも換えられない喜びと気づいたから……ということになるのだろうか。
とにかく、その‐から、私たち夫婦は、船に乗ることを何よりの楽しみと思うようになったのである。
極論だが、船に乗るために仕事に励むようになったと言ってもいいかもしれない。
それくらい、船は私の人生にとって大切な要素になっていったのだった。
今では、多いときには、年に4、5回は乗船しているくらいである。
そんなに船に乗って会社のほうは大丈夫なのかと言われそうだが、そこにも、船に乗ったからこその出逢いが、私のそれまでの経営方針に大きな転換をもたらしてくれたのだった。
以前、船上の旅を楽しんでいたある日のことである。
当時の私は会社のことが心配で、船に乗るにしても、せいぜい数日間の「ショート」だけにしていたのだった。
もちろん、船には何力月乗っても飽きないくらいの魅力を感じていたから、たまたまご一緒していた方に、「私も1ヵ月以上のロングクルーズに参加したいのですが、会社がありますからね……」と、あきらめ気味に話したのである。
K坂さんと初めてお会いしたのは、3年くらい前、たしか船上から横浜の花火を楽しむクルーズで奥さまとご一緒されているときのことでした。
横浜 ホテルに関して陥りがちな『6つの状態』に対してどう考えていけばいいか、横浜 ホテルのアドバイスしてもらいました。