生命保険相談の今後の動き

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保険資金の運用利回りの低下は、保険料の引き上げに先立って、保険料の事後的な調整分に相当する契約者配当の連続しての引き下げとなって、保険契約者に不利益を与えることになりました。
さらに、これらの要因が相乗的に作用し、一九九〇年以降、解約・失効率の上昇傾向が続き、一九九〇年には、生命保険全社の収入保険料が、第二次世界大戦後初めて前年度実績を下回る不振に陥るなど、収入保険料の伸びも頭打ち状態になりました。
一九九〇年代後半に入ると、「不倒神話の崩壊」ともいわれた、生命保険業界を根底から揺るがすほどの「生命保険離れ」現象に、歯止めがかからなくなってきます。
その最大のきっかけになったのが、一九九七年に、当時の大蔵省が、日産生命保険相互会社に対して発動した業務の一部停止命令でした。
日産生命保険の事例は、実質的には第二次世界大戦後初の生命保険会社の経営破綻でした。
その後も、同様の命令が金融監督庁・金融庁から、一九九九年に東邦生命保険相互会社に対して、二〇〇〇年に第百生命保険相互会社と大正生命保険株式会社に対して発動されました。
一方で、二〇〇〇年には千代田生命保険相互会社と協栄生命保険株式会社が、二〇〇一年には東京生命保険相互会社が、東京地方裁判所に会社更生手続き開始を申し立てます。
さらに二〇〇八年には、大和生命保険株式会社も経営破綻します。
高度に生命保険が普及した状況のもとでの生命保険会社の経営破綻は、他産業の企業倒産に比べ、保険加入者・消費者に深刻な影響を及ぼすことになります。
とりわけ生命保険契約の多くは長期契約であり、保険加入者は退職後・老後などの将来における生活の安定あるいはゆとりのよりどころを生命保険に求めて、長年にわたって保険料を支払い続けていることが多いため、生命保険会社の経営の破綻は、多くの生命保険加入者の生活設計を根底から覆してしまうことになりかねません。
市場経済体制のもとにおいては、いかなる企業も、その経営の安定を絶対的に保障されているわけではありませんが、保険会社が、その経営の安全性の確保に努めることは、保険会社にとっては最低限度の社会的責任ともいうべき次元の問題です。
それさえも果たすことができない生命保険大著の目に明らかになってくる、という事態の発生は、第二次世界大戦後、生命保険業界が、営々として築き上げてきた生命保険事業存立の社会的基盤ともいうべき消費者の生命保険事業に対する信頼が一気に無に帰しかねない風潮を、広く社会に蔓延させることになりました。
こうした傾向は、たとえば、表2-11に示すように、生命保険の新契約件数の伸び悩みと解約件数の増加などに端的に表れています。
一九九六年に導入された保険契約者保護基金が、日産生命保険の破綻処理後、機能しなくなったため、一九九八年により強力な生命保険契約者保護機構と損害保険契約者保護機構が発足しました。
この機構は、破綻した保険会社を救済する保険会社に対して資金援助を行い、救済保険会社が現れない場合には、機構または機構の子会社(承継保険会社)が破綻会社の保険契約をいったん引き継ぎ、救済会社を探して、契約を再移転します。
保険契約者保護基金は、保険会社の経営が破綻した場合に、保険契約の移転や合併などを円滑に行って、保険契約者などの保護と保険事業の信頼性を確保するために、現行の保険業法に基づいて、各保険会社が参加して創設された制度でした。
保険事業の健全な発展を図るために設立されている事業者団体の社団法人生命保険協会と社団法人日本損害保険協会が、一九九六年に、それぞれ基金として当時の大蔵大臣の指定を受けました。
基金は、主たる業務として救済保険会社に対する資金援助とそのための負担金の収納・管理を、従たる業務として事業参加者に対する資金の貸付を行うことができることになっていました。
主たる業務としての資金援助には、次の-のいずれかを円滑に実施するための、救済保険会社に対する金銭の贈与、資金の貸付、資産の買取、債務の保証、などが含まれていました。
制度創設時の一破綻会社についての援助額の上限は、生命保険会社二〇〇〇億円、損害保険会社三〇〇億円になっていましたが、日産生命保険の破綻によって生命保険を対象にした資金が枯渇してしまった上に、当初から保険会社の間でも基金のあり方については、必ずしも足並みがそろっていなかったために、生命保険契約者保護機構と損害保険契約者保護機構が新設されることになりました。
生命保険契約者保護機構には日本国内で営業を行う、すべての生命保険会社が会員として加入し、負担金を拠出します。
.二〇〇三年には保険業法の一部が改正され、二〇〇三年四月一日から二〇〇六年三月末までの破綻に対しては、資金援助が生命保険業界対応分の一〇〇〇億円を超えた場合には、四〇〇〇億円の国庫補助を行い、合計五〇〇〇億円の財源が確保されることになりました。
日本の生命保険業界は、長年にわたり大蔵省による保護と一体化した厳しい監督・規制行政(現在は内閣府の外局の金融庁が所掌)のもとに置かれてきました。
しかし、その一方で、少子高齢化二一-ズ多様化二高度情報化・高学歴化・国際化などの諸現象が急速に進行して、保険業界を取り巻く環境も変化し、保険行政も新しい時代の要請に何らかの形で応えざるをえなくなってきました。
そして生命保険業界への競争原理の導入が、環境変化へ対応するための有力な手段として検討されるようになりました。
保険業界に競争原理を導入することによって、保険事業経営の効率化・合理化を促進し消費者・保険加入者の利益を増進する、という考え方がこれで、一九三九年以来半世紀以上にわたって日本の保険産業に対する公的規制の根幹をなしてきていた保険業法の改正案が、一九九五年に国会に提出され、一九九六年から施行されることによって、具体化されることになりました。
規制緩和によって競争が促進され、経済効率が上がれば、消費者の利益の増進も可能になりますが、その半面において、規制緩和は企業合併と企業集中を促進することにもなります。
また規制緩和によって参入障壁が取り払われ、新規企業の参入が起こっても、既存企業の有する優位性が競争を阻害する要因にもなりえます。
大災害の発生、保険資金の投資運用の失敗などに際しての保険会社の保険金支払い能力の程度を判断する基準としてのソルベンシー・マージン基準の導入、保険会社の経営危機に備えての保険契約者保護機構の新設、などは保険加入者保護の視点から採用された施策ですが、これらは、積極的な意味での消費者・保険加入者の利益の増進につながるものではありません。
合併・買収、外資系企業との連携、相互会社からの株式会社への組織変更、新種日・新商品の開発、通信販売・銀行の窓口販売、などによる現状打破の試みがなされてはいるものの、一連の生命保険会社の経営破綻によって保険加入者・消費者に刻み込まれた「生保不信」には根深いものがあります。
長引く不況の中での「生命保険資金の運用利回りの低迷
予定利率の引きモンテスキューの租税保険諭
フランスの政治思想家で法学者のモンテスキューが『法の精神』(1748年)の中で三権分立を説いたことは,よく知られていますが,モンテスキューは,同書の中で,財政学で「租税保険(料)説」と呼ばれている,次のような示唆に含んだ見解を展開しています。

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